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第8話
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あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した 第987話
弘次の祖父は、孫が自分の言うことを聞かないとは思っていなかった。なにしろ、いずれこの大きな家業を継ぐのは彼であり、自分から円滑に受け継ぐためには、結局のところ自分の指図に従わざるを得ないのだから。それに、彼はこう考えていた。男は女を何人か弄ぶくらいは普通のことだ。騒ぎ立てさえしなければ問題はない。霧島家の娘のことは、昔は悪くないと思ったこともあった。だが、家が没落してからは眼中になくなったし、ましてや瑛介と離婚したあとは、子どもを二人抱えた二度目の女にすぎなかった。祖父は、心の底から弥生を見下していた。ところが、自分の孫は恋に溺れ、彼女との縁を断ち切れずにいた。その間、祖父は何度も厳しく叩きつけるように止めさせようとしたが、弘次は耳を貸さなかった。当時、祖父は腹が立って仕方がなかった。そんなとき、秘書が諫めて言ったのだ。「なぜそこまで腹を立てるのでしょうか？二人はこれだけ長く関わってきても、結局は一緒にはなっていません。弘次さまにとってはただの遊びにすぎないのです。相手は二度目の結婚で、子どもを抱えた女、値打ちなどありません。いずれ飽きれば自然に別れます。無理に引き離そうとすれば、かえって逆効果になります。若者は反発するものですから。最後には二人が別れず、逆に弘次さまとの間に亀裂が入ることになりかねませんよ」秘書の言葉に気づかされ、確かに二人は一緒にはならなかったことから、祖父はようやく納得した。孫はただ遊んでいるだけで、本気でその女を選ぶことはないだろう。それ以来、祖父は口を出すのをやめ、さらには弥生に対しても表向きは優しく接するようになった。最近になって彼女が帰国したと聞いたときも、これで孫との縁は切れるだろうと考え、ひそかに喜んでいたほどだった。そして孫のために名門の令嬢たちを紹介しようと考えていた矢先に、宮崎家の人間が「人を返せ」と言ってきた。調べてみれば、弥生を匿っているのは弘次だというではないか。その知らせに、祖父の胸は極めて不快でいっぱいになった。誰も無理やり女を引き留めることなどできないはずだ。それなのに宮崎家は、よくもこちらに文句を言いに来られたものだと、祖父は内心で憤っていた。だが、相手が宮崎家である以上、あからさまに不快を示すわけにはいかない。所詮は二度目の
あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した 第986話
どうして、事態はここまでこじれてしまったのか。なぜ......こんなことになったのか。霧島さんは、一体どうすればここから抜け出せるのだろう？まさか......彼女が本当にここで死んで、初めて弘次は満足するというのか？友作には、弘次がそこまで残酷だとはどうしても信じられなかった。きっと、あんな言葉は自分を急がせるためだ。二人の子どもを一刻も早く見つけろと、わざと脅しただけに違いない。そう考えると、友作の頭は少し冷静さを取り戻した。そうだ。弘次はまだ霧島さんを心配している。そうでなければ、子どもが見つからないことに苛立つ理由はない。だが、自分が情報を漏らしたわけではない。あちらがどういうわけか突然、子どもを連れて出発したのだ。しかも出て行く際、別荘の者に行き先を告げることすらしなかった。このままでは、どう動けばいいのか分からない。子どもたちを見つけられなければ、弥生の命は絶望的だ。しかし見つけ出してしまえば、その先はもう二度と戻れないかもしれない。早く決断を下さなければならない。長く考えた末、友作は心の中でひとつの決意を固めた。友作が出て行ったあと、弘次は書斎にひとり残った。その表情は陰鬱で、身から放たれる気配は冷たく、全身が厭世的な雰囲気をまとっていた。そこへ携帯が鳴った。画面に表示された相手の名を見て、弘次の瞳がわずかに光り、少し間をおいてから通話に出た。「おじいさん？」声色は良くも悪くもなく、平坦だった。だが、その直後に響いた相手の言葉で、弘次の表情は一瞬で氷のように冷えた。電話口から、弘次の祖父の冷たい叱責が飛んできた。「お前自身が分かっているはずだ。霧島家の娘を匿っているんだろう？お前、あの子に一体何をするつもりだ！」弘次は唇を固く結び、黙った。「すぐにあの子を家に帰せ！俺を煩わせるな！」「宮崎家から聞いたのですか？」「誰に聞こうが関係ない。お前は言われた通りにすればいいんだ！」祖父の声には傲慢さが滲み出ており、対等に話す気などさらさらない。ただ命じ、押し付けるだけの響きだった。弘次が沈黙を守ると、さらに苛立った声が飛んだ。「聞いているのか、返事をしろ！」そのとき、弘次は低く笑い出した。くぐもった笑い声は、電話口の相手には異様な響きとして
あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した 第985話
宮崎家に子どもたちがいないという知らせが弘次の耳に届いたとき、彼の眉間はただちに深く皺を刻んだ。「いない？あの人が子どもを他人に預けるはずがない。ちゃんと調べたのか？」友作はうなずいた。「すでに報告がありました。確かに子どもたちはいません。ただ、行き先はまだ不明で......」言いよどんでから続けた。「次の目的地を突き止めるには、もう少し時間がかかりそうです」「どれくらいだ？」「それが......はっきりとは。車は三十分ほど走った後、監視カメラのない道路に入ってしまい、そこから追跡ができなくなりました」その言葉を聞いた瞬間、弘次はすぐに悟った。つまり、こちらの動きが遅れたということか。でなければ、どうして相手がこのタイミングで出発し、監視のない道を選ぶことができたのか。何かに思い至り、弘次は友作を鋭く睨みつけた。「どうしてやつらが知っていた？」「......え？」友作は一瞬理解できずにいた。「お前が漏らしたのか？」弘次の目は、虫けらを見るように冷酷だった。「彼女を死なせたいのか？」最初は耳を疑ったが、次第に弘次の言わんとすることを悟った。「弘次さん、まさか僕が情報を漏らしたと？」「違うのか？そうでなければ、どうして事前に出発し、しかもわざわざ監視のない道を通った？あるいはお前が裏で手を回したのか？」その言葉に、友作は唇を結び、沈黙した。しばらくして、低く言った。「そこまで信じてもらえないのなら......この件は他の人に任せればいいです」「俺がお前をそばに置いている理由を知っているか？」「はい。霧島さんの安全を守れと僕に命じました。僕も彼女の身を案じています。今の状況で、どうして彼女を危険にさらすような真似ができましょうか」弘次は彼の顔を凝視した。言葉に不自然さはない。もし彼が弥生を思っていないのなら、かつて命懸けで彼女の逃亡を助けることもしなかっただろう。今、弥生が命の危険に晒されている以上、裏切るはずがない。だが......わざと命を危うくさせて、自分に彼女を解放させようとする可能性も否定できない。そう考え、弘次は冷ややかに笑った。「お前、俺に仕えて何年になる？」友作は答えなかった。「俺の性格は知っているな？」弘次は指先で机を軽く叩いた。その仕
あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した 第984話
二人の子どもはこくりとうなずいた。瑛介の母は少し不安げに唇を噛んだ。次の瞬間、母の和紀子の顔に笑みが浮かんだ。「さあ、早くお入り。曾おばあちゃんが美味しいものを用意してあるわよ」彼女は横に下がって道を開け、皆を中へ招き入れた。運転手が荷物を運び込むと、瑛介の母に言った。「奥さま、それでは失礼します。お迎えの日が来たらまた伺います」瑛介の母はうなずいた。その後、彼女は運転手が去るのを見届け、門が閉められ、大きな錠がかけ直されるのを確認した。二人の子どもが中に入ると、ようやく庭の様子を目にした。そこには一本の大きな木があり、この季節は葉がすっかり落ちて枝だけになっていた。二人は興味津々で駆け寄っていった。和紀子は、孫たちが少し離れたところで遊ぶのを見守りながら、娘に話しかけた。「来たのは、あなたたち三人だけ？」瑛介の母はうなずいた。「はい」「父親と母親は？一緒に来ればよかったのに」「......用事があって、しばらく来られないのよ」瑛介の母は、彼らに起きたことを告げる勇気はなかった。年老いた母を刺激してしまうのが怖かったのだ。「若い人は、どうしても無理をしがちだからね。あなたも帰ったらよく言い聞かせなさい。仕事ばかりで身体を壊したら、年を取ったときどうするの？」「分かった。帰ったら伝えるわ。また子どもたちを連れてくるから」「でもね......」和紀子は少し感慨深げに続けた。「二人は離婚したんじゃなかったかしら？どうして子供が？まさか？」彼女の胸にひそかな予感が芽生えた。その問いに、瑛介の母は小さくうなずいた。離婚後、弥生が一人で子を産み、育てていたとは。これで子どもたちの苗字が霧島である理由も察せられた。「お母さん、二人は弥生が一人で育ててきたの。だから苗字のことは、私はもう何も言えないわ。その点は......」言い終える前に、和紀子が遮った。「そんなこと、私に説明する必要があるの？二人の子をここまで育てるのがどれだけ大変だったか。それでも今こうして連れてきてくれた。それだけで私たちがどれほど彼女に借りがあるか分かるでしょう。苗字なんて些細なことよ」年を重ねた分、頭が固くなっているかもしれないと不安に思っていた瑛介の母は、その言葉にようやく安心した。思わず
あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した 第983話
瑛介の母は結局、自分の母に押し切られて、大きな錠前を買って取り付けるしかなかった。普通の人では簡単に開けられないものだ。門が開かれているのを見て、きっと家にいるのだろうと思った。瑛介の母は横のインターホンを押し、二人の孫と一緒に門の前で待った。少し待つと、中から軽い足音が聞こえ、その直後に老婦人の声が響いた。「どなた？」二人の子どもはその声を聞いて興奮し、顔を上げて尋ねた。「おばあちゃん、これって曾おばあちゃんの声？」瑛介の母は笑いながら二人にうなずき、同時に声を張った。「お母さん、私だよ」その馴染みのある声に、中の足音が一瞬止まり、次に響いたときには急ぎ足になっていた。瑛介の母はその音を聞いて、微笑ましく言った。「お母さん、ゆっくりでいい。気をつけて」やがて門が開き、白髪が混じった髪に、上品な部屋着をまとった優雅な老婦人が姿を現した。ひなのと陽平は、弥生に礼儀正しく育てられていたため、瑛介の母が何も言わずとも、顔をそろえて声を上げた。「曾おばあちゃん！」渡部和紀子（わたべ わきこ）は、長い間会っていなかった娘のことをずっと案じていた。だが迷惑をかけたくなくて電話も控えていた。まさか娘が突然訪ねてくるとは思わなかった。胸を弾ませて門を開けると、目に飛び込んできたのは笑顔の娘。そして、その隣で自分を「曾おばあちゃん」と呼ぶ二つの子供がいた。曾おばあちゃん？自分を呼んでいるのか？それとも耳が老いて幻聴でも聞いたのか？声のする方へ視線を落とすと、二人の愛らしい子どもが並んで自分を見上げていた。そして衝撃を受けた。その顔立ちが瑛介にそっくりだった。和紀子は驚きに目を見開き、二人の顔を交互に見つめ、次に娘の顔を見た。瑛介の母は微笑み、眉を少し上げてみせた。その表情はまるで、「ほら、お母さん。曾孫を連れてきましたよ」と言っているかのようだった。「これは......」和紀子は長い間、言葉が出なかった。やっと我に返り、二人の顔に触れようと手を伸ばした。だが、その手は頬に届く前に、左右から小さな手に握られた。柔らかく温かな感触が指先に伝わり、あまりに現実的で、和紀子はしばし呆然とした。「これは瑛介の......」瑛介の母は静かにうなずいた。「そう。同じ年に生まれた双子よ」
あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した 第982話
車を降りるとき、瑛介の母の足はまだ震えていた。二人の子どもたちは支えようとしたが、背が届かず役に立てず、慌てて彼女の足を押さえながら言った。「おばあちゃん、気分が悪いなら、しばらく車で休んでていいよ。あとで一緒に降りればいいから」瑛介の母は自分の様子を見て、うなずくしかなかった。車内に座って休み、陽平が差し出してくれた飲み物を口にした。甘酸っぱい味が、吐き気を和らげてくれた。飲みながら、彼女は心の中で思った。まさか何年も経ったのに、この道がまだ整備されていないとは。帰ったら瑛介の父に話してみよう。寄付で道が直せるなら、そうしてもいい。「おばあちゃん、少しは楽になった？」瑛介の母は我に返り、笑って答えた。「ええ、もう大丈夫。さあ、行きましょう。この先は車が入れないから、歩いていくわよ」迷惑をかけまいと、ついてきたのは運転手一人だけ。車を降りた後、彼が大きな荷物をえて後ろからついてきた。村の道は狭く曲がりくねっていて、車では不便だった。対向車が来ればすぐに詰まり、後続車も動けなくなる。瑛介の母が初めて来たときは実際にそうした事態に遭ったため、今では村の入口で車を止め、歩いて入ることにしていた。その方がずっと楽なのだ。二人の子どもにとっては初めての場所。好奇心旺盛な年頃でもあり、歩きながらあちこちをきょろきょろ見回していた。道端には村の子どもたちもいて、見知らぬ来客に興味深そうな視線を向けてきた。互いに対照的な光景だった。ひなのは相手の子が着ている花柄のワンピースを見て、自分の洋服と比べるように眺め、顔を上げて瑛介の母に聞いた。「おばあちゃん、ああいうワンピース、私も持ってないんだけど、買ってくれる？」瑛介の母もそちらを見た。ひなのと同じくらいの年頃の女の子が、青い花柄のワンピースを着ていた。布地は少し古びていたが、きれいに洗ってあって、その子が可愛らしいからこそ、服も一層映えていた。周りには数人の子どもがいて、どうやら遊び仲間らしい。瑛介の母は立ち止まり、彼女たちに数粒の飴を分けてから、ひなのに言った。「もちろんよ。ひなのがそのワンピースを気に入ったなら、明日、曾おばあちゃんに一緒に市場へ行ってもらいましょう」ひなのにとって「スーパー」や「デパート」は聞き慣れた言葉だったが、「市場」とい
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